2007年07月28日

佐々木暁フェア

LisM - reverso

 青山ブックセンター本店で、7月31日から佐々木暁フェアが開催されます。佐々木暁デザインの書籍、CDなどがかなりの点数、展示&販売されるそうです。ウチからはRIOW ARAI"Device People"(CD&LP)、INNER SCIENCE"Forms"、KARAFUTO"Shift To The Other Time - KARAFUTO Live mix at UNIT 28.1.2006"の3タイトルを置かせていただく予定です。

 佐々木暁にはsoup-diskの最初期からデザインをしてもらっています。先日も8/25リリースのLisMのアルバム『reverso』のデザインを上げてもらったばかりです。これまで手掛けてもらったデザインは、ジャケットからロゴ、フライヤーに至るまで数知れずありますが、そのいずれもが強く深く印象に残っています。彼のデザインがなかったら、こんなに長くレーベルを続けることはできなかったと断言します。それくらいお世話になったし、局面局面でこちらを奮い立たせてくれたのです。

 僕が佐々木暁と出会ったのは、大昔にレジデンツの単行本を作った時でした。偶然とも必然とも言えるその出会いをきっかけに、その後、僕は彼をHEADZに誘い、そこでも数々の仕事を一緒にしてきました。彼はずっとエディトリアル・デザイン一本でやってきて、僕の頼んだ仕事も含めて、お金にはあまりならないけれども良い仕事を山ほどやってきたと思います。広告デザインでもやれば収入は確実に増えるのでしょうが、その道は選び取らなかった人です。だから偉い、というようなことを言いたいわけではありません。ほんとうは何もしないデザインが美しい、というようなことをふと漏らしながらも、そこにしか置きようがない文字を選び取り、無駄なく並べていく彼のやり方は、確かに限りなく無為に近いデザインなのかもしれません。彼はいくつもダミーを見せることを嫌います。一つしかない。それがダメなら一からまたやり直し。頼む方としてはしんどいこともありますが、その結果に不満を抱いたことはありません。

 佐々木暁のデザインにはもっともっと注目があたって然るべきだとずっと思ってきました。それだけにこのフェアの開催を心から嬉しく思います。トークショーでもやってくれたらなお嬉しいですけど。ともかくぜひ足を運んでみてください!


 そして、明晩は、六本木ROOTS Nで、INNER SCIENCEのユルいパーティVIVID JAPANがあります。チャージなしなので、ふらっと寄ってみてください!
7.29(sun)
VIVID JAPAN@RootsN
DJ:Inner Science, Yuji Yanagisawa (warszawa)
OPEN 17:00 - CLOSE 22:00
ENTRANCE FREE (First drink charge/1000yen)
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2007年07月24日

ヒント親父再来訪

hintoyajiCD.jpg

 というわけで、鱸さんの新作CDR、限定25枚でOnsaにて発売中です! 売り切れ御免なさいね。
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2007年07月23日

鱸さん来訪

photo by suzukiski

photo by suzukiski

photo by suzukiski

 鱸さんが、ものすごい音源を持って突然やってきました。とりあえず、今日はそれだけです。
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2007年07月21日

良い週末を

 昨日の夕方くらいから、脳がずっと起きているような、というか起こされているような感覚があって(実際寝てはいるんですが)、ボーっとすると全てを忘れ去りそうで恐くて仕方がありません。変な感覚です。ともかく、昨日はOnsaでバタバタと打ち合わせがありつつ、夕方には□□□のインタビューに出かけ、非常に為になるお話を1時間ばかり交わし(メジャー・デビュー・アルバムは、ブレイクビーツへの愛に溢れたアルバムです。そしてreflectionをラジオでかけてくれてありがとう!)、戻ってくればまだOnsaでは打ち合わせが続いており、そうこうする内にとんでも無いことに気が付いて焦ってコンピュータに向かい、とりあえずキーボードを打ち続け、chuくんがCDを取りに表れたくらいまでははっきり記憶があるんですが、その後、この間のmoxaの録音(recorded by 西山くん)を聴いたりしながら、夜中もキーボードを打ち続け、たまにハシムたちとメールでああだこうだ意見を交わしているうちに、ツールの録画でも少し見るかと思ったら、音痴にもほどがあるゲストの登場にうんざりして10分くらいで見るのを止め(あり得ないでしょ、あのゲスト)、その後、寝た記憶はあるんですが、気が付けばお昼にOnsaにやってきて、別の打ち合わせをまたして(良いモノが出来がってくれると本当に嬉しい)、その後、遂に開催される“佐々木暁フェア”(今月末くらいから開催予定だそうです!)のために青山ブックセンター本店にCDとレコードを納品に行くもなぜか六本木に足を運んでいて、どっと疲労が増し、いまに至ります。明日は自転車に乗りたいものです。それでは、良い週末を。
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2007年07月20日

moxaの後書きなど

 16日の谷口一郎のライヴで、僕が印象深かったのは、見ている人達のことでした。50分以上に及んだライヴの前半、ビートは殆ど封印し、ドラ(実際に打ち鳴らして録音された音源)の張り詰めた響きを中心に、エレクトロニックな破壊音もインサートされたり、reflectionのCDで聴くことができる音楽とはかなり趣の違う展開がなされたわけですが、見ている人は拒絶することもなく、音と対峙しているように見て取れました。戸惑いはあったとは思いますが、それを受け入れる度量があるというか、良い見方(聴き方)をしてもらえているなあ、という感じを確かに受けました。白石隆之と僕らが、今回のmoxaをセットアップした段階で、こういうライヴも自然に受け入れる場にしたいと思っていたことが実現できた一時でした。
 途中からMIDIコントローラーの具合が悪くなったようで、リアルタイムに操作する要素を加えにくくなってしまったというトラブルもありましたが、終盤、このライヴの全体がふっと分かるような瞬間を僕は感じました。次に確実に繋がっていくような良いライヴでした。そう、次です!
 LisMのDJは楽しんでいただけたでしょうか? なにせ一度もああいうスタイルのDJをやったことがないという状況で、こちらも心配なら本人も緊張しまくりでしたが、結果はフロアを充分に湧かせることになって、まずは魅力の一端は伝わったかと思っています。が、LisMの本領はあれだけではありません。とんでも無いポテンシャルを秘めた男です。アルバム・リリースは1ヶ月ほど先になりますが、ご期待ください。

 ←本日、Thomas Fehlmannのリリース・パーティ@yellowでInner ScienceのDJあります。早い時間帯のようです。


 気が付けば、ツールはアルプスを越えてしまっているではないですか。埼玉からMTB+スリックタイヤ仕様でmoxaにやってきたシャーガンにあげるので、第8ステージだけ端折って見ましたが、ラスムッセンとかヴィノクロフとかマヨとかいろいろ話題提供しているじゃないですか。面白いそう。が、まだ全然見られないです……。
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2007年07月17日

ありがとうございました!

visual by collect.apply

visual by collect.apply

visual by collect.apply

visual by collect.apply

 昨日は、たくさんの方に来ていただいて、ほんとうにありがとうございました。出演者、関係者にも深く感謝です。おかげで良いパーティになりました。谷口さんがライヴする後ろ姿を見た瞬間と、10年振り(!)にハルさん(日本語話していてビックリ)に対面した瞬間には思わずグッと来ましたが、湿っぽい話は今日は止めます。次は8月3日の名古屋です!!!
posted by 原 雅明 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月15日

明日です!

moxa@saloon

 マンニィも過ぎ去り、もろもろ心配だったこともすっきり解決し、いよいよ明日です! お気軽にお立ち寄りください! 普段、クラブに足が遠のき気味になっているという方々にこそ是非とも来て頂きたいです! Tone Language(=reflection+metamatics)のアルバムのデッドストックなどの放出も予定しています! 何より僕自身がとても楽しみで仕方がありません!!!!!
posted by 原 雅明 at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月13日

16日です!

 16日(月・祝・海の日)のmoxaを前に、よりによって台風が接近中です。絶大な信頼を寄せる(信頼せず酷い目に遭った)weathernewsによれば、
「土曜日・日曜日は台風4号マンニィが接近。風が吹き荒れたり、雨が強まったりと大荒れの天気になる可能性があります。ただ、月曜日になると台風は遠ざかって、天気は回復へ。三連休にお出かけをするなら、月曜日がオススメです」
とのことで、月曜日までにさっさと遠ざかってくださいな、マンニィさん。
 moxaに向けては、先日、LisMとしてのDJミックスのさわりが送られてきたのですが、とても良いのでまず興奮、そしてHalさんたちからはVJのイメージが送られてきて、これまた興奮。白石隆之と新装saloonのチェックも済ませたし、肝心の谷口一郎のライヴセットも着々と固められています。それぞれから確かな手応えを感じ、そのことに後押しされるように16日を迎えられそうで、嬉しいです。
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2007年07月10日

雑感

 僕は東京生まれの東京育ちであります。つまり帰るべき田舎などどこにもなく、しかも、いまだ健在な片親は自らの土地をクソみたいな不動産業者に売り払い、財産と言えるものは何一つも持ってはおりません。この退路を断ったような人生を振り返ったところでいまさらどうなるものでもありませんが、それでも東京のことは好きです。結局、此処しか居場所がないわけですから。その内、田舎暮らしをすることになるかもしれませんが、いまの自分は、FC東京が「田舎でも〜」とチャントする気持ちを共有してもいます。
 が、そんな自分でも、谷口一郎の言うことは痛いほど分かります。それは、都会の殺伐とした風景にやるせない思いがするとか、そういう感傷的な話ではなく(そういうところがまったくないと否定するつもりもありませんが)、たとえ東京に居ようが、都会を遠く離れた場所に居ようが、個として生きる決心をした人の強さを尊く思うからで、結局、何で音楽がこんなクソまみれな状況になったのか(クソだと思っていなかったら酷い言葉使いでスミマセン)、というと、本当の意味で個が個をサポートをするという、当たり前の志が欠如してしまったからだと思います。ヤクザな業界を渡り歩くバランス感覚だけが秀でる様は、別にメジャーな世界でなくても蔓延っています。自分が気に入ったのなら、その感覚を信じ切ればいいのです。逆に違和感を覚えるならその感覚にも忠実であるべきです。僭越ながら、いろいろな方に頑張ってください、と言わせてもらいます。
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2007年07月09日

outrecord presents “OUTMUZIK”

8/3 outmuzik

outrecord presents “OUTMUZIK”
2007.8.3(fri)
at m's collection cafe (052-238-7663)
open 20:40/start 21:00
charge 2000yen (w 1drink)
feat.
LIVE: ichiro taniguchi (REFLECTION)
DJ: 白石隆之
with
LIVE: satasat.
DJ: soda

information: outrecord (052-269-5525)

 名古屋、詳細決まりました! 東京のmoxa(16日です!)に共鳴いただいた素敵なパーティとなりそうです。お近くの方、楽しみにお待ち下さい。曽田さん、重ね重ね感謝です!!!!!
posted by 原 雅明 at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月07日

LisM

 ←にもありますように、16日(月・祝・海の日)の夕刻からSALOONにてmoxaが開催されます。reflectionの谷口一郎のライヴをメインアクトに、白石隆之とLisMのDJ、『music bizarreness』のアートワークを担当した(フライヤーも)元clearレーベル主宰者Hal Udell率いるcollect.applyのビジュアルもあります!
 reflectionも白石隆之もcollect.applyも当ブログでこれまでいろいろ紹介をしてきましたが、LisMについては殆ど触れてきませんでした。というわけで、遂にLisMの出番です! まずは、8/25にリリースの(ちょっと先ですが)アルバム『reverso』の1曲をmyspaceにアップしたのでぜひ聴いてみてください。16日までの間、フライングで聴けるようにしました。


LisM (a.k.a. Go Hiyama) profile
LisM a.k.a. Go Hiyama

 九州男児であるGo Hiyamaの名前は既に世界に知れ渡っている。James Ruskinを始めとするテクノ〜ミニマル・シーンの牽引者達の目に留まり、UKのレーベルCODAからのデビューを皮切りに、12インチのリリースを重ね、海外のフェスやレイヴにも幾度も招聘され、ハード・ミニマルのDJ、プロデューサーとして確固たる地位を築きつつある。しかしながら、LisM名義のサウンドは、Go Hiyamaを知る人々こそを驚かせることだろう。そのサウンドは、心地よくチルアウトした、ダウンテンポの快楽に満ちたブレイクビーツを軸に展開されるからだ。Go Hiyamaの音楽的ルーツは、かつてWARPがAphex Twinなどを輩出したインテリジェント・テクノ。そこにあったテクノのコアな美意識をしっかり受け継ぎながら、近年のブレイクビーツやエレクトロニカが発展させてきた流麗なるビートに共鳴して生まれてきたLisMのサウンドは、ジャンルの細分化を超えて、幅広いリスナー層に訴える普遍的な魅力を称えている。



 閑話休題。OnsaのSALE(一部を除き全品200円OFF!)は、明日いっぱいまでです。SALE中ですが今週もいろいろ入荷してます。Danger MouseがかつてやっていたPelican Cityのアルバムなんかも入ってきてました。Gnarls Barkleyの取材でDanger Mouseに会ったとき、Pelican Cityの話を切り出したら、それまでちょっとダルそうにしていたのに、急に恥ずかしそうな態度になって可笑しかったです。隣でCee-Loはかりんとうを勧めてました。
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2007年07月05日

イレヴン

 発売されたSTUDIO VOICEには、本ブログで一部紹介したJimと坂田さんの対談や、DJ Krushについての僕の原稿が載っているんですが、実はもう一つ、i11evenのgrimeについての原稿も載っています。これがすこぶる面白いのでぜひ読んでみてください。こういう原稿は僕も含め音楽ライターの人にはなかなか書けないなと思いました。にしても、イレヴンってだけ表記してあるから、誰だこれ?と大半の人は思ったでしょうが、cappablackのi11evenでございます。

 reflectionのインタビューでは岡本さんに改めて感謝です。いろいろなことを僕自身思いました。同じライターという目線に立ったときに、岡本さんのように、対象に興味を抱き、そこに積極的に関与するのみならず、潜在する文脈をちゃんとあぶり出せる人こそプロフェッショナルな書き手だと思います。

 久しぶりにINVITATIONにも原稿を書きました。Savath & Savalasと、くるりの新しいアルバムについてです。僕はこの二つのアルバムに、似たようなディアスポラな匂いを聴きました。Savathは初め聴いたときにあまりピンと来なかったのですが、いまは良いアルバムだと感じています。
posted by 原 雅明 at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月04日

reflection interview その3

――では、リフレクションの今後について伺います。今回の作品は、ご兄弟の共同作品として制作されましたが。

「現在はそれぞれ別々に作っている状態です。今回の作品を出したからと言って、今後すぐにふたりで再開することはないでしょうね」

――とするならば、谷口一郎さんは、どうしていきたいと考えますか。

「実は、今回のアルバムでも使った機材のほとんどは処分してしまったんです。経済的事情ですね。ただ、生録用の機材は増えていて、新たに制作機材を見つめ直しながらレン(小型のゴング)の一発録りをやったりしまして、アルバムの体裁としてはもう出来ています。マルチ・トラックも使わずに限りなくインプロに近いものですから、特に人前に出そうとか、そういうレベルのものではないのですが。
 さらにもうひとつは、近々あるライヴのために新たに制作環境を作っているので、リフレクションでやってきたことを敢えて初心に戻し、そこから発展させていくのもありかなと。こればっかりは、ライヴをやってみないとわからない部分ではあるのですが。幸い、仕事で機材関係のことをやっているので、それを活かしてソフトと<を>作ってみることも考えています」

――シーケンサー・ソフトを自分で作るということですか!

「そうです。音楽をやっていて行き詰ることのひとつに、テクノロジーの問題があります。現状の音楽制作は、多くの部分でソフトに左右される部分が多く、誰かが作ったソフトに依存している状態です。予算を割き、多くの人員を投入し、時間も使って作ったソフトは便利です。機能もたくさんついている。しかし、多少機能が少なくても手作りのソフトだったら、個性も反映しやすい。また、至らない部分も納得出来、テクノロジー的な閉塞感も突破出来るのではないかと」

――なるほど。しかし、そのようなことを考える人は少ないですよね。

「ええ、テクノロジーが発達した状況下ですと、誰が作っているのかわからないという問題があるように思いますし、下手な話、ボタンひとつ押すだけでフレーズが出来てしまいます。……自分が音楽を作っていく上での一番面白い部分ですよね。苦労して一から作り上げていく醍醐味――というのが削がれてしまいがちです」

――では、谷口さんにとって、いまも興味深い音楽など。あれば伺えますか?

「たまに聴くとしたら、昔から愛聴しているものに限られますね。……ギャヴィン・ブライアーズですとか、ジャズなんかだとジョン・ヘンダーソン。本当に4〜5枚なんです」

――最後の質問です。川崎での生活を経て、現在は千葉県・外房の暮らしを営んでおられますが、谷口さんにとって、そこでの暮らしはどんなものと考えていますか?

「川崎には長いこと住んでいましたが、ここでの暮らしは作っていく音楽も含めて、これからの生活を実現する上で、必要なことなのかなと。都会での生活って間接的ですよね。食べるものにしても、誰かが工場で作ったものだったりしますし、そうではなく、もっとダイレクトに感じていきたい。畑仕事などもやったりしているのですが、自分で食べるものは自分で作る。都会で暮らしていると、自分は人間なのに人間を知らないということが起こりがちです。そうではなく、根本的なところで、この世界で自分が何を感じられるのかと。感性を研いでいくというか、ここでそういうことを実践していけたらいいなと考えています。あと何年かやってみて、結果、どんなことがやれるのか」

――「生きた心地がしない」という感覚は、僕も含めて感じているひとは多いと考えます。例えば、四六時中、みんなは携帯電話でメールを打ったりネットを見たりしていますが、誰と繋がろうとしているかと思います。ありていな、デジタルが嘘のコミュニケーションという話ではなく……僕は独りで食事に行くことが多いのですが、同じように食事をしているひとは、能面のような顔で携帯見ているんですね。奇妙を通り越して、たまに荒涼とした感覚に囚われることがあります。

「携帯については、僕もこっちに働きに出て来て、『慣れないな』と感じました。ただ、いまの子供たちはそういう環境が当たり前であり、これからどうなっていくんだろうかと思います。……音楽におけるハイ・テクノロジー化もそうでしょうが、人間の感性を限定する方向に向かっているようで」

――ならば、そのような状況から反作用的に音楽を作っていくことは可能で、単に綺麗な音楽であるとかではなく、社会的な強度を持つことも出来るでしょうね。

「だからこそ、感覚は鋭敏に保っておかなければならない。今回のアルバムはいまの社会を僕なりに見つめた――反作用的な作品だと思うんです。そして、これから作る作品に関しては、ここでの生活を見つめたものになっていくはずです」


<あとがき……にしては長い>
 アルバム『music bizarreness』をまったく予期しないタイミングでリリースすることになった谷口一郎さんは、作品を3年と少し眠らせていた一端について、自筆ライナー・ノーツでこう述べている。「正直なところ、CDなどリリースしたところで、今の商業主義全盛の世の中では、曲解された形でしか聴き手には届かないだろうから、現行システム(現代の音楽消費文化)に基礎を置く『音楽活動』はせいぜいのところ無駄か、場合によっては積極的な害すら伴うように感じ続けていた」と。
 実直な感想だ。同じことを感じているひとは多いだろう。しかし、音楽産業における商業性というのは、僕が見る限りインディペンデントな運営は厳しくなっているのは当然として、それ程変わっていないというのが僕の見方だ。変わったのはむしろ、ネット以降のコミュニケーションというか、ノリだろう。ネットの登場により、いとも簡単に検索が可能になったジャンルもの。以降では文脈と述べるが、それらの掛け合わせと共有体験をベースにしたコミュニティが、かつてない程幅を利かせる中(ここまでとは僕自身も予想しなかった)、例えば外側にいるひとが何かを問うことは、とかく損な役回りになりつつある。極端な書き方ではあるけど、コミュニティにおけるゲーム性を踏まえていなければ、何をやっていようがダメ。コミュニティからの要請を汲めないと、ダメ。このことは、本ブログでジム・オルークさんの発言を引用する形で原さんも触れているけど、一度ゲームからはじき出されたひとの間からも感情的な形で発せられている。若い子たちがコミュニティに向かう理由には、ネット依存という社会環境、あるいはナマの生活空間が削がれていった果てで求めている節もあるろうし、一概に批判する気にはなれないけど、本題からは逸れるので割愛する。
 ただその一方、自分の行動や創作活動や言論、それらがどのような結末を迎えるにしろ、例えゲームのような音楽マーケットを彼方に見据えているにしろ、谷口さんはこの世界に足跡を刻むことをためらう必要はなかった。いや、ためらったからこそ、誰にとっても予期しない発表タイミングになったわけだから、必要はあったのかもしれないが、これからは思慮深くあってもどうかためらわないで欲しい。そうだ、自分の行動がどのような結末を迎えるのであれ、やりたいと考えたことは貫くべきであり、その透徹な意志こそが、作品を通過した瞬間に受け手の感受性を刺激するのだから。
 『music bizarreness』は、ライナーでも触れられている通り、現在の東京が氷解させたとも言うべき――リフクレションによる川崎時代の記憶が結晶化されている。谷口一郎さんは川崎生活の末期を指して、音楽制作にもニュアンスがまたがった書き方なのかもしれないが、「自分が信じ、かつ理解していたつもりのものが〜次々と崩壊していくのを感じ」と述べている。以後谷口さんが、外房の田園に移住したことも踏まえ、崩壊していったものは音楽のみではないと推察して書くが、例えば再開発著しい現在の東京を眺めるにつけ、僕の中でも「信じていたはず」のものが次々と崩壊している。生活空間と呼べた街並みは切り崩され、テナント・ビルに新築されていく。安心、安全、快適というモラル・マジョリティを背景に、都市部の街並みはどこに行っても変わりばえのない無味無臭のものに仕立て上げられていく。働く人間は社畜生活を余儀なくされ、「いまが頑張りどき」と言っては精神を病み、自由競争のステージから退場していく。仕事のない人間は世間から落伍者の烙印を押され、日銭を稼ぐために職場を転々としていく。彼らにも信ずるところはあって、ひとに頼ることも出来ず、「迷惑をかけてはならない」と言っては自責のサイクルの中で苦しみ抜く。かりそめの地位を得た人間たちは、彼らを「努力が足りない」と言っては嗤い、あるいは無関心を装う。谷口さんは、そんな都会を指して「終末的な予感めいたものが」と表現する。この眼差しは、谷口さんにとって了解し難いものに対する反作用を生み、作品を単に「きれい」で「叙情的」な音楽に押しとどめないものにもしている。結果このアルバムは、インストゥルメンタル作品ではありながらも社会性という名の強度を得ていることを強調しておきたい。
 社会性という強度は、リフレクションの音楽が思い起こさせるインテリジェント・テクノ、アブストラクト・テクノといった文脈への決着という意味でも機能している。90年代末の、エレクトロニカ・ムーヴメントにおける半ば踏み台になった感もあるこの文脈は、元々機能性と合理性を強めていくばかりだった本流テクノへのアンチテーゼとして注目されたものだった。谷口さんはいまも変わらないフェイヴァリットにギャヴィン・ブライアーズを挙げているが、そのせいか、作品にはかつてのリスニング・テクノには見られない複雑でユニークなテクスチャーの揺れ動きが見られる。まるでスペクトル光が伸縮し、次々と形を変えるトーンと同じように、ドラム・ブレイクも変化を止めることがない。そういう光の伸縮が、谷口さんへインタビューをしたせいだろうか、僕には、いまや微かに残るだけとなった都市における希望の余地に思えてならない。そしてそのこと自体は、リフクレションが駆け抜けていた90年代以上に、尊いものであるように感じる。少なくとも僕にとってはそうであり、『music bizarreness』はすでに何度聴いたかどうかもわからない。

(インタビュー・文: 岡本俊浩)
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2007年07月03日

now available on Beatport!


Go to Beatport.comGet These TracksAdd This Player

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reflection interview その2

――穿った見方をしてしまうと、トレンド――まず世の動きがあり、それらに対しどう反応していくのか。現在は加速度的に高まっているような気がしますが……しかしリフレクションで言えば、未開のものに分け入っていく感覚ですよね。音楽的原動力だったのかなと。

「常に自分たちが聴いたことのない音を作りたい。そういう気持ちで作ってきました。子供の頃からNWを聴いていて、非常に不思議な印象を受けたのですが、それは自分にとっての原点なんです。奇妙で不思議で、聴いたことのない音楽。リスナーとしては、誰かがそういう音楽を作れば聴いてみたいですし、自分は作ってみたいと」

――アルバム『music bizarreness』のライナーでは、作品を出すにあたりひとつのきっかけとなった――再び東京に出てきたことと、その印象を書かれていました。お仕事の都合ということでしたが、久しぶりの都会から受けた殺伐とした印象ですとか、東京で暮らす僕にとってもシンパシーを感じる内容でした。この街から受けるグロテスクな感情的触感と言うんですか、明らかにこの何年かで加速しつつあり、僕もメディア稼業に従事していながらアレではありますが……メディアの所業が増幅させている感は拭えません。

「こっちに来る前、実は川崎に住んでいたんですが、その時にはこのような感じ方をすることはなかったんです。ただ、4年もこちらでの生活を送っていると、いまの東京からは感覚以上に身体に違和感が来たというのがありますね。……とても不自然で人工的ですし、分析してどこがどう変わったとかは言えないんですが、当然空気も違いますし……いま住んでいるところは、東京から電車でたった2時間半なのに、こうも違うのかと。概念的なことはその後ですね。社会、経済的なことが、先程『加速』と仰いましたけど、人間の生活が明らかにナチュラルではない方向に向かっていると。人間も動物なのに、こうも不自然な方向に向かうのはどうなのかと。なかなか言葉では説明出来ない部分ではありますが。
 今回のアルバムを出そうとは、元々考えていなかったんです。ただ、原(雅明)さんからある日連絡をいただき、なおかつ東京に出て来る中で自分が得たアイデアですよね。作品を出すきっかけになりまして」

――ライナーにも書かれていましたが、そのアイデアとは何だったのでしょうか? 改めてではありますが。

「作品を人前に出すということにどれだけの意味があるのかと。それがまずありまして……いまでもわからないんですが、アルバムというものが世の中に出て行って、どういうモノになっているのか? リスナーの手に届き、どんな影響を与えられるのかということなんです。ファースト・アルバムを出した頃を思い返すんですが、あの作品がリスナーやシーンにどんな影響を与えられたんだろうかと考えていまして、セカンドの頃になると、疑問は懐疑に変わっていきました。
 ただ、今回は原さんたちのお陰で、割合ストレートにリスナーに届けることが出来、いい影響を与えられることが出来たのかなとは考えています。しかし、通常のレコード会社を通した場合ですと、リスナーはシーンであるとか、メディアにおける先入観に捻じ曲げられてしまって、純粋な形で伝わらない。概念で縛られてしまって、音が純粋な形で伝わらないと。それはこちらが意図してコントロール出来ませんし、だったら金銭欲とか、それ以外の部分で作っていけるのかと。詳しくはライナーにも書きましたが、そういう考えがありながらも、再び東京に出て来た時に今回の作品が頭に浮かんだんです。自分が受けた感触が、作品を出すことで誰かに伝わるのだったら、もしかしたらポジティブな作用になるかもしれないと。
 アルバムは4年前に作り終えていて、それも作品を出す要因になっています。制作を終えた頃は、完全な脱力状態だったんです。作るのにあまりにも時間がかかり過ぎてしまったし、苦労も多かった。作り終えた時点では、『次をどうしよう』とか考えられない状態だったんですね。しかし4年過ぎたことで、アルバムの別の側面が見えてきました。川崎で何年もかけて作ったものなんですが、その時の記憶が東京に再び出て来た時にオーバー・ラップしたんですね。生活の状況、考え、忠実になぞっているじゃないかと。よもや、そのディティールが東京に再び出てきて蘇るとは思いませんでしたが」

――ライナー・ノーツの中では、「都会で音楽を作ること=自分の中に小宇宙を取り込むこと」というようなことが書かれていましたが。いい表現だなと。

「はい、田舎で4年間も暮らしていますから、極端な環境をふたつ見てきたんです。ここ(外房)にいる時には、音楽に自然な形で打ち込める。邪念が入らずに。しかし、週に3〜4日であれ、東京に出てくるようになると、侵食されるというか……生活をしていかねばならないし、どうしても仕事に時間を取られてしまうんです。若い時には意識しなかった(谷口一郎さんは現在41歳)ことではあるんですが、危機感を感じますね。音楽に打ち込む純粋な気持ちが失われてしまう――それだけは避けたい。だったら、多少自分にプレッシャーをかけてでも、初期の気持ちを失わずにやっていこう。聴いたことのない音楽を作りたい、あるいは聴きたい。子供の頃からずっと考えていたことなのですが、例えばNWでの不思議な体験と、ほんの一瞬だったけれどもその時感じることの出来た希望と自由。いまでも脳裏にこびりついていて、そういったものに対する衝動を失いたくない。小宇宙を取り込むというのは、そういう意味で使ったんだと思います」

(つづく)
posted by 原 雅明 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月02日

reflection interview その1

 reflectionの谷口一郎へのインタビューを、これから数回に分けて掲載します。これは先にお知らせしたように、ライターの岡本俊浩さんがTV Bros誌のためにおこなったインタビューの全文になります。既に『music bizarreness』の世界に触れた方にはもちろんのこと、そうでない方にも、とても意義深い良いインタビューであると思います。


――現在の谷口さんは、千葉の外房に住んでおられると聞きましたが。

「そうです。4年前に川崎からこちらに越してきまして、周りは田んぼばかりで家も建っていないようなド田舎です。目の前が杉林、もぐらや蛇なんかも出て来るようなところです」

――久々に発表された今回のアルバムについては後々伺うとして、僕は<クリア>からの作品をリアル・タイムで聴いたクチなんです。当時はほとんどディティールがわからず、日本人の兄弟がやっているらしいということぐらいしか知りませんでした。イギリスやヨーロッパから出てくる聴きものとしてのテクノ、当時はインテリジェント・テクノであるとか、UKデトロイトと呼ばれていましたが、それらを経たアブストラクトな電子音楽――当時はそう受け取っていて、しかしユニークな触感やテクスチャーの動きが当時の日本人が作る作品ものとしては、突出していました。ファースト・アルバムは後追いの状態で聴いたのですが、時代的背景を考えるとリスニングとしてのストレンジ・テクノ、あるいはプレ・アンビエントの拡張版という言い方も出来るでしょうし、ジャズのニュアンスを置き換えた電子音楽と言えるかと思います。しかし、<クリア>からの作品発表を最後に、今回のアルバム『music bizarreness』まで表舞台から退場しましたね。

「リミックスですと、コス(クニユキ・タカハシ変名)の「Ring」(03年)リミックス、オリジナル作品は「Reflected Beats EP」(98年)がリフレクションとしては作品の最後でした。だから……今回まで10年ぐらいは経っていますね」

――これだけ長い時間が経った理由。教えていただければ。

「んー、元々の活動を続けていければ良かったのですが、途中でこのまま続けていくのもどうなのかと感じたんですね。一言では言えないところもありますが、作品としてのクオリティにどんどん満足がいかなくなっていく。さらに作品として表に出すと、場合によって自分で舵取りが出来なくなるということがありますよね。知らないうちに流されていくという。だったら一度距離を置いてみることで、何が可能なのか。そういうことを初めて考えたのが、『The Morerroronus World』(97年)を出したあたりでした。その後も、制作自体は続けていました。ただ、今回のアルバムとはまったく違う音楽ですね」

――「知らないうちに流されていく」というのはどういうことでしょうか。

「自分が自覚出来ないうちに、あらぬ方向に進まされていくんじゃないか。作品に関して言うと、僕らは前の作品よりも次の作品と、どんどん更新していきたいというのがあって、一時期メタマティックスのリー・ノリスとコラボレーション(トーン・ランゲージ名義)をやっていたことがあるんですが、1曲を作るのにやたらと時間がかかるようになってしまった。ファースト・アルバム制作時を思い返してみると、よくわかっていないまま突き進んでいたから良かった。ただ、同じことの繰り返しには耐えられなかったし、他人から見たらたいしたことのないことでも、僕らにとっては大きな停滞感だったりしまして」

――『The Morerroronus World』が97年。トーン・ランゲージによる『Patience Is The Key』は00年。この時期には、ジャングルからドラム&ベースが“新しい”音楽として出てきて、その後のアブストラクトもそうと言えばそうかもしれません。特にリフレクションは後者として語られることもしばしばしでしたが、90年代後半は音楽的に細分化が進んでいった時期です。いまのお話を聞いていて感じたのですが、未分化でたおやかな塊が次々と切り崩され、細分化していく様はどう見ていたのか? 憂欝ではありませんでしたか?

「かなり前の話ですし、はっきりとは申し上げられないんですが、周りの状況から受けるものという観点から考えますと……98年ぐらいから周囲への関心がどんどんなくなっていったんですね。同時代の音楽から受ける影響や刺激がなくなっていった。ドラム&ベースや、オヴァル、ミクロストーリアの頃が音を追っていた最後で、オウテカが“黒いアルバム”(LP5)を出したじゃないですか? あの時期をきっかけにして……周りの音に興味がなくなっていきました。エレクトロニカと呼ばれた音は、無機質で冷た過ぎる印象も受けましたし」

――音楽を作っていく上で、周囲の状況というのは大きなものですよね。自分の周りにはこのようなカルチャーがあり、その中で自分はここにいると。周囲に対し共感を寄せる、刺激を受ける、反発する、遊離するにせよ、それらはある種マッピングがあった上でのことです。

「ファースト(The Errornormous World / 96年)を作っていた頃は、まさにそうでした。ジャズや一部ヒップホップ、現代音楽からの影響は色濃かったですよね。ただ、同時代のエレクトロニック・ミュージックを聴かなくなってからというもの、それすらも聴かなくなっていったんです。音楽への興味は変わらずあったのですが、音楽に慣れ過ぎてしまったというか。自分自身、どれを聴いても一緒という感覚に囚われていったと言いますか。変に聞こえるかもしれませんが、音楽以外のものごとに敏感になっていった……ちょっとした物音、風の音が耳に入ってくるようになってきまして。
 クリエイティヴになれる状況って、ふた通りあると考えます。ひとつは、先にお話した通り――周囲に触発されながらやっていくこと。そしてもうひとつは、意図的に周囲をシャット・アウトして、自分の中で新しいものが出て来るまで待つという姿勢ですよね。僕自身がここしばらくやってきたことは後者です。周囲に振り回されず、出てくるものが何であれ待ってみようという姿勢です」

(つづく)
posted by 原 雅明 at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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