2008年10月17日

DJ SMASHのまずはプロフィールから

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DJ Smash a.k.a. Smash Hunter

DJスマッシュことウェイン・ハンターは、1961年マンハッタンに生まれる。80年代初頭より、ブルックリンでブロック・パーティのDJをつとめ、やがてファッション・ショーなどにも活動の場を広げていく。87年にマンハッタンに戻ってから、本格的にクラブDJとしてキャリアをスタートする。タイムズ・スクエアのストリップ・クラブのDJからスタートし、瞬く間に、Save The Robots、Danceteria、Palladium、MK、Nell's、Traxなどの有名クラブや多くのバーやラウンジで回すようになった。89年にNYハウスの伝説的レーベルNu Grooveからデビューを飾り、90年にはEightball Recordsの設立に参加し、“Jazzy Grooves” やジャズ・ノット・ジャズ名義の4枚のシングルをリリースし、のちのスマッシュのサウンドの代名詞となるジャジーなハウス&ブレイクスの基礎を作り上げた。また、この年、Giant Stepから声がかかり、スマッシュは生のミュージシャンとDJのジャムという試みを始めることになる。以後、Giant StepのレジデントDJをつとめた4年間の間に、スマッシュはグールー、コールド・クラッシュ・ブラザーズ、ジャマルスキー、グレッグ・オズビー、キャロン・ウィーラーらを招き、素晴らしい一夜をクラウドに提供してみせた。92年には、自身のレーベルNew Breedを設立し、有名なFat Jazzy Groovesシリーズを手がける。このシリーズでは自身の音源だけではなく、彼の作り出すジャジーなグルーヴに魅せられた若い新人アーティストたちを積極的にフックアップしていった。その中にはまだ無名に等しかったピーナッツ・バター・ウルフやトミー・ゲレロやジンジ・ブラウンなども含まれた。またスマッシュは、日本のジャズデリックやデンマークのザ・プルーンズなどアメリカ以外から送られてくるデモ・テープにも熱心に耳を傾け、リリースの場を提供した。こうして、New Breedは約4年あまりの期間の内に、12の異なったプロダクション・チームを有し、60以上のリリース、200以上のトラックを作り上げた。それ以後は、プロダクション仕事に集中し、特にBlue Note, Verve, GRP, Atlantic, Warner Brosといったジャズ・レーベルからのリミックスの依頼を数多く受けた。実際にスマッシュが手がけたリミックスは、ジャズの範疇に留まらず、スティーヴィー・ワンダーからメデスキー・マーチン&ウッド、ジャズマタズなど多岐に渡る。そして、彼の作り出したビートは、ジャイルズ・ピーターソン、ノーマン・ジェイ、ロジャー・S、ルイ・ヴェガ、トニー・ハンフリーズ、DJプレミア、マーリー・マール等、多くの有名DJたちに愛され続けた。ハービー・ハンコックをはじめとするジャズ・ミュージシャンとのセッションにも積極的に参加し、今なお現役で活動を続けるDJスマッシュは、間違いなく本物のDJ/プロデューサーであり、そのパイオニアである。
posted by 原 雅明 at 06:55| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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