2006年05月10日

ホントにスパイク持って来たんだよ、こいつは

opiate.gif

 その内、また消えるかもしれませんが、とりあえずUPします。
消えてもゴメンなさい。


 僕はこれまで幾人かのアーティストを日本に招聘することに関わってきたのだけど、オピエイトことトーマス・ナックは、特に印象に残っている一人だ。それは、彼がサッカー・スパイクを持参して、本気で僕らと一緒にゲームをやるつもりだったからだけじゃない(それも十分に驚いたことだが)。彼は、とても思慮深く、物腰が柔らかで、そして常にユーモアを欠くことがないナイスガイだったのだけど、印象深かったのは、その人柄のせいだけでもない。それは、トーマスが北欧のデンマーク出身だという、その出自と関わりがあった、と僕は思っている。僕が感じたのはこういうことだ。アメリカやドイツやイギリスといった、欧米の主要なシーンを形成してきた国からやってきたアーティストたちとは少し違った、目線の低さがトーマスにはあるということだった。
 これは少しだけ微妙な問題を孕んでもいるのかもしれない。いや、誤解のないように言っておくと、僕は、トーマスと比較すると、欧米のアーティストの態度は横柄であると言いたいわけでは決してない。彼らは別にポップ・スターでもないし、充分に紳士的だし、フレンドリーでもあった。ただ、僕は偽善者ぶる義理もないので率直に言うが、彼らと僕ら日本人との間には、いまだに(それはジャズやロックの時代から変わることなく)文化を発信する側と受容する側の関係性が横たわっている。どうしてもそういう関係性がさまざまな局面で顔を覗かせてしまうことは否定できない。そこには、もちろん日本と日本人の側の問題も横たわっている。
 ところが、トーマスと数日間を一緒に過ごし、決して十分とは言えないけれどコミュニケートを試みて感じたことは、上述したような関係性から導かれる微妙な感情ではなく、ある種の共感というべきものだった。トーマスは、同じヨーロッパ圏内にあっても、エレクトロニック・ミュージックやクラブ・ミュージックの世界では文化的に辺境である地に生まれ育った者として、日本人が抱いてきた感情に深い理解を示した。
 よく日本にいると、ヨーロッパのアンダーグラウンド・シーンが理想的に映るし、実際そういう風に紹介されてきたりもしたものだが、それはある面では確かに理想を体現しているのだけど、その裏ではシビアな状況も抱えている。つまり、インディーにおいてもマーケットが成り立ち、プロモーションやディストリビューションの体制がそれなりに機能している、という面においては、日本に比べればずっと理想的な状況だ。しかし、一方で、ヨーロッパのこの手の音楽の世界は、たとえアンダーグラウンドであっても、マーケットとののっぴきならない関係に常に晒されている。そのことはなかなか伝わりにくい。トレンドやハイプという言葉に、向こうのアーティストが敏感なのは、単にアティチュードの問題を言っているのではなくて、自らの経済的な基盤をどう自立して守っていくのか、常に考えざるを得ないからだ。
 トーマスは、自分がヨーロッパの中心(もちろん音楽的な意味でだが)から離れた場所にいて活動を続けるメリットとデメリットをとても冷静に見極めていた。彼は自らのレーベルであるHOBBY INDUSTRIESを運営する立場からも、ヨーロッパのマーケットやメディアの状況を意識せざるを得ないが、同時に必要以上のプレッシャーに晒されないで活動を続ける術を、デンマークに住み続けていたからこそ育むことができたと言っていた。ちょうど、彼は来日時に、ビョークのアルバム『Vespertine』へ参加したことを密かに明かしてくれた(その数ヶ月後に『Vespertine』はリリースされた)。参加の噂をかぎつけて、既に彼のコペンハーゲンの自宅に、見ず知らずの人物による儲け話の売り込みから、とにかく知り合いになっておきたいという類まで、いろいろな電話がかかってきているという状況を、クレイジーだね、と半ば呆れながらも面白おかしく語ってもいた。ビョークのツアーにトーマスは参加していなかった。それが如何なる理由でなのかは僕は知らないけれど、それは結果的に彼にとって良かったことなのではないかと、僕は思う。
 さて、オピエイトの新作のライナーに、何でこんな話を長々と書いたのかというと、トーマスが、DJとして、あるいはフューチャー3やジェイムス・ボングの一員として、コペンハーゲンでシーンの拡張に貢献し、そしてソロ・ユニットのオピエイトとしてデビュー・アルバム『Objects For An Ideal Home』(APRIL)を作るに至った背景を、この新作の紹介とともに、もう一度考え直してみたいと思ったからだ。『Objects〜』は、そのタイトルが示すように、理想的で居心地の良い自分の家から生まれた音楽であることを謳ったものだ。それは、確かに、その後のエレクトロニカと呼ばれる音楽がリスニング感覚を称揚していくことになるのを先取りしていたものでもあるのだけれど、“Home”という言葉には、彼自身がようやく見出した居場所を象徴する意味も込められていたのだろう。
 トーマスは、ヒップホップにおいてもヴィンテージであるエンソニックのサンプラーASR-10を使い続け、トラック作りを続けてきた。その過程を経て、『Objects〜』の、ループのフラグメントとビートの織りなす、あの柔らかなテクスチャーを見つけ出したのだ。しかしながら、音楽の世界ではスタイルはすぐに模倣されるのが常だ。トーマスが見出したテクスチャーも、あっという間に、マウスのクリックによって実現されるエレクトロニカの構造に組み込まれてしまうかのようだった。しかし、エレクトロニカと呼ばれるトラックが世の中に次々と登場し、余剰とすら言える状況となっても、そして、トーマス自身が自らの制作環境をコンピュータ・ベースに移行させてもなお、オピエイトの音楽は、あのASR-10から生み出したテクスチャーを保持している。それは、音の感触の問題だけではない。自分の音楽が何処で生まれ、何処で鳴り響き出したのか、そのポイントをトーマスはいまも明確に掴んでいる。そのことが最もよく表れているのが、この最新作『Sometimes EP』だ。
 2002年にリリースされた一応セカンド・アルバムという位置づけの『While You Were Sleeping』(APRIL)が、他のレーベルで発表した既発曲を中心に寄せ集めた内容であったのに対して、この『Sometimes EP』には、過去2年半の間に制作された新作トラックが収められている(ただし、“For Brian Alfred”は、33.3のギタリストであり画家でもあるブライアン・アルフレッドの展覧会用に制作を依頼され、そのカタログCD-ROMに収録された曲である)。その制作期間の間には、フューチャー3としての久々のアルバム『Like…』(APRIL)や、そのフューチャー3の3人が新たにスタートさせた新ユニット、システムのデビュー・アルバム『System』(SCAPE)のリリースもあったし、さまざまなリミックスも手掛けてきた。そうした作業の合間をぬって、トーマスがもう一度、“Home”で一人の音作りへと向かった、その結果報告が、この6トラックだ。6トラックじゃ物足りない。そんな声も聞こえてきそうだ。確かに、僕ももっと聴きたいとは思うのだが、でも、トーマスがオピエイトとしては、敢えてゆっくりとしたペースを維持している理由は、この拙文で触れてきたことを振り返ってもらえれば自ずと伝わるのではないだろうか。


posted by 原 雅明 at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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