2006年11月17日

白石隆之へのインタビューその3

白石隆之 / Slow Shoutin'

――90年代後半はどうでしたか? ブレイクビーツからエレクトロニカといわれていたシーンへ繋がっていった時代ですね?
「テクノは<機能性>を基準にフロア向けとリスニングとに二分化されていった。俺としては『そんなに単純じゃないだろう…?』という思いがあって。その<機能性>というのは踊れるかどうかという意味で使われていたわけだけど、その踊れる音というイメージのレンジが狭すぎると思った。その頃には一方でMO'WAXやNINJA TUNEなどがブレイクビーツにテクノ的な感覚を取り入れてきたし、テクノでリスニングとか実験的と言われるものにもいいグルーヴのある曲はあって。そんなわけでメイン・フロアとチルアウト・ルームとのその中間みたいな場が自分の頭のなかに浮かんでいた」
――80年代初めには、主流であった極端な振り分けとは違う音楽的な部分を求めて探求されていました。90年代中頃になると、フロアとリスニングの中間に存在し得る音楽を思い浮かべて模索されていました。そうやって、極端な部分でないものを探って来た白石さんの本質とは、自分ではどんな事なんだと思いますか?
「別にジャンルやシーンからわざとずらそうとか思っていないし、足して二で割ったことをしたいわけでも、中庸を指向しているわけでもなくて、むしろ逆。まあヘソ曲がりなのかもしれないけれど、自分にはポストパンクのカオス状態が原体験としてあるから。例えばパンクはその型にハマった時点で既にパンクではないわけで。これだけたくさんの音楽が既にあるなかでは、型を越えた自分の音というものが無ければ存在価値なんてないと思うし」
――白石さんは、未だに普通にクラブに遊びに行かれていますよね? 
「体調を崩していたので、昨年からグッと回数は減ったけどね。いわゆる<現場>が好きだし、それが判ったうえでの自分の音楽だと思っている。額縁に収まったような音楽は、自分は好きではないし。なんだかまだよく判らない、これから形作られていく段階の音楽に常に惹かれる。そういう音楽や感覚は、現場へ赴かないと伝わってこないし。作品になっている時点でそれは<結果>であり、ある意味終わってしまっていると思う。その手前の段階というのを知りたいし、感じ取ることによって、自分も刺激を受けたり反応したりできる。そういう<リアクション>が、自分の活動のエネルギーのひとつとなっていると思う」
――では、現在のクラブでの音楽的な流れは、白石さんから見てどのように映っていますか?
「それなりに年令を重ねてくれば当然のことで、わざわざ若い子達に水を差すことはしたくないけど、ここ数年はあらゆる面でデジャヴ感が強くて。特に最近はリバイバルの周期がどんどん短くなっている気がする。テクノでさえ再発ブームだし。脱力するような感覚が多々あって、そこから如何に持ち直すかが自分にとっての命題になっている。ダンス・ミュージックでさえ一回りした状況のなかで、どう面白がれるかが自分にとっての勝負だというか。今は境界線上にいる感じ」
――このアルバム『TIME6328』では、曲と曲の合成はもちろん、自分の曲のレコードを手回ししたり、断片的にコラージュしてあったり、いろいろな仕掛けを加えて紡いでありますね。26年間の自分の歴史を纏めてあるわけですが、その作業は感情的にどういうものでしたか?
「並列させて特別な意味を消し去りたいというのがあった。あと、現在の音楽を聴いていて、今がいつの時代なのか良く判らなくなってくる感じがあると思うんだよね。アーカイヴのなかを彷徨っている感じというか。そういった意味で、過去の作品の時代性を剥ぎ取って捉え直すことが善くも悪くも有効な時期かなと思った。実際改めて発見することもあったし。自分の歴史をアーカイヴ化してコラージュするという意味では、結果的に今の流れに連動しているのかもしれない」
――ずばり、ベスト盤を作ろうという当初の理由はなんだったんですか?
「さっき言ったように、今の状況にはデジャヴ感があって、自分にとっては完全に新鮮なものは少ない。そこで、一度自分の過去を引っ張り出して再構成することによって、自分のなかでの音楽というものをはっきりさせたくて。そこからどうなっていくか、自分自身がどう感じるかというのが一番の興味だった」
――次に自分が奏でていくべき音楽は、もう見えていますか? それともまだ不明瞭ですか?
「少しは見えてきた感じはする。とりあえずテンポダウンした4つ打ちの作品を再びやろうと思っているのと、12インチ・ベースのリリースなど動きに軽やかさを出していきたい。そのためにも、区切りとしてこの『TIME6328』を作る必要があったと思う。この2年間は体調を崩したりもして、外部と孤立した状況で音楽をやっていた。自分と対面して掘り起こしていく作業だったので、これからはもう少し人との関係性を反映させたいと思う。最近は人から影響されることも無くなってきているけれど、それは自分にとって必ずしも良いことではないと思っているんだ。だから、俺は現場にいる若い子達との関係を重視していきたいとも思うし、外に対して反応することによって何が出て来るかというのを自分でも楽しみたいと思っている」
(インタビュー:栗原大)


 このインタビューの前にも、白石隆之とは実にいろいろな話を交わした。お互いが東京に生まれ育ったということもあるが、80年代初頭、多感な時期に見聞きしたことに共通する部分が多々あり驚いた。その会話とこのインタビューを通じて、僕が思ったことを最後に書き記したい。
 白石隆之の音楽体験の肝とは何かというと、すべてリアルタイムに相対してきてしまった、ということに尽きる。つまり後追いの知識で武装したり、ポーズを取ったりする必要は一度もなかった、ということだ。
 ある時代に音楽を熱心に追いかけていた人が、数年、数十年経って、新しい音楽に耳を傾けなくなることは残念ながら往々にしてある。特にこの国では。分からないから、と。これはある程度、年齢を重ねた人の話だけではない。これから聴きたいと思っている音楽が目の前にあるにも関わらず、まずは何かの文脈に照らして、その価値を一生懸命掘り下げることに力を注ぎ込むという、音楽そのものを聴くこととは剥離した現象が世代に関わらず起こってもいる。これまた、分からないから、と。
 だが、我が身を振り返っても思うが、そもそもは分からなくて聴いていたのではなかったか。分からないからこそ分かろうと思って聴いた。だから、後々まで強く身体と心に残るものがある。予め情報を仕入れて、ピンポイントで無駄なく音楽を聴き、確認する行為では絶対にありえない体験。そして、誤解を恐れずに、また多少大袈裟になるのを承知で言うならば、分からないことを追い求めていくのは、僕はルーツを欠いた日本の近代音楽の宿命であり、逆に優れた側面でもあると思っている。そうやって生まれてきた音楽が、強固なルーツと必然的な文脈をもつ海外の音楽のフォルムに則さない部分があるのは当たり前だとも思っている。
 欧米基準のモードを翻訳するという意味では、もはやJポップもJクラブも一緒である。僕は別に鎖国主義者ではないが、日本でほんとうに手探りで音を作ってきた人たちこそを尊重したい。明日リリースとなる『TIME6328』に込められたものが、少しでも伝われば幸いである。(原 雅明)


posted by 原 雅明 at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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