2006年12月05日

原博実

 マスター音源を持ってくるchuくんを待ちながらJay-Zの新譜(良いです!)を聴いているんですが、それはさておき、ヒロミが復帰じゃないですか! 一年で復帰かよ、とか、まあ堅いことは抜きにして単純にやっぱりワクワクしますよ。こんな得難い存在はおりません。というわけで、02年、初めて東京の監督に決まったときにflyerに書いたコラムを載っけます。
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 中村敏雄氏の名著『オフサイドはなぜ反則か』によれば、イギリスで生まれたサッカーの原型たるストリート・フットボールは、祭り(宗教行事)のメイン・イベントであって、街中を広範囲に使った、いわば戦争ごっこにも近い様相を呈していたようだ。2チームに分かれて、どちらかが1点先取したところで勝負は決する。しかし、さっさと点を入れてしまったら、祭りもあっという間に終わってしまう。そのため、勝負を早く終わらせないという暗黙の了解があった。そこで生まれてきたのが、いまのオフサイドに近い概念だった。ストリート・フットボールはその後、街中からパブリック・スクールの校庭へと場所を移し、ルールも明文化されてきて、次第にスポーツとしての形を整えていったのだが、そこでも、オフサイドはひとつの倫理観として守られていった。つまり、点を取るのがサッカーの基本ではあるが、サッカーには簡単に点を取らせない仕組みが内在されていた。ゴールを最終目標としながらも、ゴールとゴールの間にあるスペースで、どれだけ時間を享受できるのか、という愉しみを守っているスポーツと言い換えてもいい。
 バックラインを高くあげて、中盤をコンパクトにし、数的有利の状況を作り、すばやいパス回しで一気に攻める、というのが、現代サッカーで理想とされるスタイルだ。それは、上に述べたサッカーの愉しみを現代流に体現するものである。ところが、実際には、堅実に守りに守ってカウンター狙いだったり、中盤を省略した前掛かりの放り込みに終始したり、というのが現実を反映して選択されるサッカー・スタイルだったりする。
 それでも、世の中には現実に抗おうとするサッカーを見せるチームが必ず表れるから面白い。例えば、この数年、スペインリーグのラ・コルーニャやセルタが見せた攻撃的なサッカーは十分に観る者を魅了したし、今シーズン前半のセリエAの話題をさらったキエーボの快進撃もそうだ。僕はスカパーでこれらのチームの試合をよく観ていたのだけど、そこにはもう一つの愉しみがあった。それは試合を解説していた原博実の存在だった。原博実という人は解説者として他には得難い魅力を放っていた。多くの視聴者が次第にそのことを感じ取っていくと、ますます彼は類い希なる才能をいかんなく発揮していった。とにかく攻撃的な姿勢を見せる(しかもキエーボやレッジーナのようなプロビンチャの)チームが好きで好きでたまらなくて、そしてそれらを解説する彼の言葉は、つまらない技術論や知識のひけらかしとは無縁の歓びのみに満ちていた。その姿が時に笑いを誘うこともあって、さらに彼を一解説者という立場以上の存在へと高めていった。
 そんな原博実が今年から我がFC東京の監督として現場復帰することになった。もう浦和レッズ時代のことは何も言うまい。おそらく原博実は本気でキエーボみたいなチームを作り上げようとしているんだろう。僕は久々に開幕戦が待ち遠しくて仕方がないのだ。


posted by 原 雅明 at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | sports | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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