2007年07月02日

reflection interview その1

 reflectionの谷口一郎へのインタビューを、これから数回に分けて掲載します。これは先にお知らせしたように、ライターの岡本俊浩さんがTV Bros誌のためにおこなったインタビューの全文になります。既に『music bizarreness』の世界に触れた方にはもちろんのこと、そうでない方にも、とても意義深い良いインタビューであると思います。


――現在の谷口さんは、千葉の外房に住んでおられると聞きましたが。

「そうです。4年前に川崎からこちらに越してきまして、周りは田んぼばかりで家も建っていないようなド田舎です。目の前が杉林、もぐらや蛇なんかも出て来るようなところです」

――久々に発表された今回のアルバムについては後々伺うとして、僕は<クリア>からの作品をリアル・タイムで聴いたクチなんです。当時はほとんどディティールがわからず、日本人の兄弟がやっているらしいということぐらいしか知りませんでした。イギリスやヨーロッパから出てくる聴きものとしてのテクノ、当時はインテリジェント・テクノであるとか、UKデトロイトと呼ばれていましたが、それらを経たアブストラクトな電子音楽――当時はそう受け取っていて、しかしユニークな触感やテクスチャーの動きが当時の日本人が作る作品ものとしては、突出していました。ファースト・アルバムは後追いの状態で聴いたのですが、時代的背景を考えるとリスニングとしてのストレンジ・テクノ、あるいはプレ・アンビエントの拡張版という言い方も出来るでしょうし、ジャズのニュアンスを置き換えた電子音楽と言えるかと思います。しかし、<クリア>からの作品発表を最後に、今回のアルバム『music bizarreness』まで表舞台から退場しましたね。

「リミックスですと、コス(クニユキ・タカハシ変名)の「Ring」(03年)リミックス、オリジナル作品は「Reflected Beats EP」(98年)がリフレクションとしては作品の最後でした。だから……今回まで10年ぐらいは経っていますね」

――これだけ長い時間が経った理由。教えていただければ。

「んー、元々の活動を続けていければ良かったのですが、途中でこのまま続けていくのもどうなのかと感じたんですね。一言では言えないところもありますが、作品としてのクオリティにどんどん満足がいかなくなっていく。さらに作品として表に出すと、場合によって自分で舵取りが出来なくなるということがありますよね。知らないうちに流されていくという。だったら一度距離を置いてみることで、何が可能なのか。そういうことを初めて考えたのが、『The Morerroronus World』(97年)を出したあたりでした。その後も、制作自体は続けていました。ただ、今回のアルバムとはまったく違う音楽ですね」

――「知らないうちに流されていく」というのはどういうことでしょうか。

「自分が自覚出来ないうちに、あらぬ方向に進まされていくんじゃないか。作品に関して言うと、僕らは前の作品よりも次の作品と、どんどん更新していきたいというのがあって、一時期メタマティックスのリー・ノリスとコラボレーション(トーン・ランゲージ名義)をやっていたことがあるんですが、1曲を作るのにやたらと時間がかかるようになってしまった。ファースト・アルバム制作時を思い返してみると、よくわかっていないまま突き進んでいたから良かった。ただ、同じことの繰り返しには耐えられなかったし、他人から見たらたいしたことのないことでも、僕らにとっては大きな停滞感だったりしまして」

――『The Morerroronus World』が97年。トーン・ランゲージによる『Patience Is The Key』は00年。この時期には、ジャングルからドラム&ベースが“新しい”音楽として出てきて、その後のアブストラクトもそうと言えばそうかもしれません。特にリフレクションは後者として語られることもしばしばしでしたが、90年代後半は音楽的に細分化が進んでいった時期です。いまのお話を聞いていて感じたのですが、未分化でたおやかな塊が次々と切り崩され、細分化していく様はどう見ていたのか? 憂欝ではありませんでしたか?

「かなり前の話ですし、はっきりとは申し上げられないんですが、周りの状況から受けるものという観点から考えますと……98年ぐらいから周囲への関心がどんどんなくなっていったんですね。同時代の音楽から受ける影響や刺激がなくなっていった。ドラム&ベースや、オヴァル、ミクロストーリアの頃が音を追っていた最後で、オウテカが“黒いアルバム”(LP5)を出したじゃないですか? あの時期をきっかけにして……周りの音に興味がなくなっていきました。エレクトロニカと呼ばれた音は、無機質で冷た過ぎる印象も受けましたし」

――音楽を作っていく上で、周囲の状況というのは大きなものですよね。自分の周りにはこのようなカルチャーがあり、その中で自分はここにいると。周囲に対し共感を寄せる、刺激を受ける、反発する、遊離するにせよ、それらはある種マッピングがあった上でのことです。

「ファースト(The Errornormous World / 96年)を作っていた頃は、まさにそうでした。ジャズや一部ヒップホップ、現代音楽からの影響は色濃かったですよね。ただ、同時代のエレクトロニック・ミュージックを聴かなくなってからというもの、それすらも聴かなくなっていったんです。音楽への興味は変わらずあったのですが、音楽に慣れ過ぎてしまったというか。自分自身、どれを聴いても一緒という感覚に囚われていったと言いますか。変に聞こえるかもしれませんが、音楽以外のものごとに敏感になっていった……ちょっとした物音、風の音が耳に入ってくるようになってきまして。
 クリエイティヴになれる状況って、ふた通りあると考えます。ひとつは、先にお話した通り――周囲に触発されながらやっていくこと。そしてもうひとつは、意図的に周囲をシャット・アウトして、自分の中で新しいものが出て来るまで待つという姿勢ですよね。僕自身がここしばらくやってきたことは後者です。周囲に振り回されず、出てくるものが何であれ待ってみようという姿勢です」

(つづく)


posted by 原 雅明 at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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