2007年09月20日

 医者から大量の抗生物質を与えられて喉の痛みは取れたのですが、咳が止まりません。そして頭がボーっとしています。そんな状態で昨日は佐々木敦くんとの対談に向かいました。佐々木くんとこうやって話をするなんて何年ぶりのことなのでしょうか。STUDIO VOICEも素っ頓狂な企画を考えるものです。お題は、この10年ほどの音楽状況について(特集は00年以降らしいですが)、というようなものです、大雑把に言うと。少しは気の効いたことも喋ったように思うのですが、直前に飲んだ薬のせいで、さらに頭はボーっとしていて、記憶力、判断力ともに5割くらい低下している感じでした。ともかく絶望的で身も蓋もない話ばかりしていたように思います。しかし、経験に基づいた現実的な話しかできないので仕方がありません。ボーっとしながらも、昔の記憶を辿っていると、突然いろいろなことを思い出したりもしました。
 昔、僕はあるアーティストから面と向かって「俺はライターとは絶対に親しくならないんだ」というようなことを言われたことがあります。そういう一線を引く、というスタンスは充分に理解できたので、言われたこと自体には驚きませんでしたが、職業ライターになりきれないでいたような当時の自分に対してもこういう言葉は返ってくるものなのだと肝に銘じた覚えはあります。この10年くらいを振り返ってみたとき、特に最近の4、5年は、僕自身、音楽について書く立場より、音楽を制作する立場に近いところに身を置いてきたように思います。それはどちらかを選択したから、というわけではなく、相対的に音楽について多くを書けなくなってしまったからです。と言っても、それはライターとの二足の草鞋には問題があるというような立場についての倫理的な話ではありません。輸入盤も多くは入ってこなかった時代に、実際に音を聴いたり情報を集めたりすることは、そのこと自体とても手間と労力がかかることで、そういったものを紹介することも価値があり必然性も必要性もあったので、音楽ライターも職業として成立するものでした。でもいまはそういう時代ではないのは明らかですね。
 で、話を戻すと、僕が書けなくなってしまったのは、音楽雑誌に載っているような文章の、その書かれているスタンス、その音を聴いているポイント、そういうものを見ていると自分がいる世界とはあまりにかけ離れているように感じたからです。自分がいる世界では、CDや12"を1枚リリースするにも、音を介して意見を交え、関わっているそれぞれが考え、感じて、物事が進んでいくというプロセスがあったわけですが、それと客観的に書かれた物事との、あまりの乖離に唖然としたと言うのが正しいかと思います。もちろん、制作者の意図など知ることなく、作品が受け止められるのは当たり前のことですが、いま言っているのはそういう意味のことではなく、音楽を感じるにせよ、論じるにせよ、最低限のメカニカルな共通認識すら欠いている、ということです。
 それでも、僕が原稿書きを細々とでも続け、最近はまた書く機会が増えてもいるのは、店主から、依頼された仕事は断らないようにとお叱りを受けたのもあるんですが(会社的には尤もな指摘です)、書いてるだけでは分からないことはあれど、書かないと分からないこともあるという経験則が働いているからでしょうね。それでも書けないときは書けなかったわけですが、でもいま少しだけポジティヴになれているのは、なら自分で書くよ、という気概が少しと、あとはやはり書いていく中で考えたいと思えるようになったからでしょう。なんでそう思えるようになったのかは自分でも分からないですが。

 さて、今日はこのあと田中フミヤの取材です。話題の「本人が話をしている」DVDについて訊いてきます。DVDは見ましたが、此処ではまだ触れないでおきます。ただ、ライターではない部分の自分には、フミヤくんのメカニカルな部分をさらけ出そうとするスタンスは理解できました。


posted by 原 雅明 at 17:08| Comment(1) | TrackBack(0) | etc. | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
対談記事が読めるのは、次号のSTUDIO VOICEですか?
Posted by kusa at 2007年09月21日 20:15
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