2005年10月12日

slowでdeepなhip-hop

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 NYの音楽カルチャー誌(でいいのかな?)のFADER Magazineが、“語られていないヒップホップの物語”なる特集を組んでいてなかなか面白かったのでした。デ・ラ・ソウルのポスドゥナスから始まって、デル、E-40、オーガナイズド・ノイズのリコ・ウェイド、ロッカフェラのA&R、ゴーストフェイス、ネプチューンズのチャド、ドクター・ドレの弁護士とか、時代も場所もバラバラに当事者の生の証言をピックアップしていきます。記事もさることながら、オールドスクールの現場をずっと撮り続けてきたジョー・コンゾや、いまはおしゃれなファッション写真を撮ってるドロシー・ロウが撮影した数々の貴重な写真が目を惹きます。そして、この特集の最後の方に、東京のMID 80'sということで高木完さんの話が登場します。

 ツバキハウスでのロンドン・ナイトからスタートする、パンク/ニューウェイヴとヒップホップとの邂逅も、日本にはリアルなヒップホップの競争原理やギャングスター主義は生まれなかったという話も、個人的にとてもリアルに実感できたことだったのですが、日本ではレゲエがビッグになったという背景から、スローでディープなヒップホップより速いビートが日本文化にはフィットするという結論が導かれるのには、見ている(聴いている)ポイントの違いを改めて感じました。むしろ、日本でこそスローでディープなヒップホップは熟成されたのではないかと思うのです。例えば、ビートマイナーズの重心の低いロービートに中毒気味にはまり込んでいくというようなことは、この日本でこそ深く進行していったはずです。
 確かに、ラップという観点から見れば、ロービートに日本語を乗せるよりも、高速なラガビートの方が日本語独特の間を解消できてキャッチャーに仕上げやすいと思います(この間は日本語の宿命です)。しかしながら、ロービートに対するラップはまだまだ開拓の余地があり、というよりも、ロービートに拘泥し惑溺してきた連中がラップと出会わない軌跡を辿ってしまったのにも一因があったのではないでしょうか。ラップとトラックとの剥離はそう正面切って言われてこなかっただけで、実は日本ではあり続けたと思うのです。ラップとトラックとの関係性は、むしろこれからこそ、酔狂なことができるのではないでしょうか。この話は長引きそうなので、ひとまずこれまで。

 今日は、台湾でBastardmuzikというレーベルをやっている黄さんがやって来ました。日本を訪れた際にsoup-diskの音源を実際に聴いて気に入ってくれたことから始まった彼等との関係は、ようやく第一歩を踏み出したところで、これからsoup-diskのタイトルの流通が台湾及び中国で始まります。今後どうなるのかまだまだ不透明ですが、欧米人相手よりも、遙かにわくわくしているのでした。


posted by 原 雅明 at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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